人を好きになれない、恋愛感情がわからなくなった人へ

Mind

はじめに

ここまで一生懸命に悩んだあなたが、自分の気持ちを見つめ直す助けになりますように。

私も未だに人と一緒にいることや、恋愛感情がどんなものなのかはっきりわかりません。それでも前よりもありのままでいることができるようになりました。

あなたの役に立てればと、ここに私が楽になった考え方を綴ります。

好きの定義は決めなくていい

人を好きになれない、と話すと

「まだ本気で好きになれる人に出会ってないだけだよ。」と返ってくる。

私はこの言葉が心底嫌いだ。無責任で夢見がちで、何もわかっちゃいないと思う。いまだにこの言葉を聞くとムキになってしまう。

「じゃああなたにとって本気で好きになるってどんなこと?どんな人のこと?」こう返したい。きっとろくな答えが返ってこないだろう。

「安心できる人」「優しい人」「好きになった人が好き」じゃあ友人ではだめなのか。

私は他人が気になることがあっても、一緒にいたいと思うことがほとんどない。安心は1人だけの空間と、好きなことをしている時間に見出すもの。大事に思う人ほど距離を詰めたくない。

「付き合ったら好きになるかもよ。」

「好きならその人のために何でもできるよ。」

「付き合ったらそのうち女の子の方が好きになるから大丈夫。」

この言葉たちにずっと苦しめられてきた。

私はスキンシップも長時間一緒にいることも苦手だった。それでも自分を大切にしてくれる人を大切にしたい。”そのうち”を信じて本音を押し殺し、相手の愛情表現に耐えられなくなって別れた。

「本当に好きじゃなかったんだよ。」

これをアプローチしてきた彼氏と数年交際している友人に言われた時。ああ、私は人を愛するなんて無理なんだと絶望した。

今思い返してみると、“自分を大切にしてくれる人を大切にしたい”これはちゃんと愛情だったのだと思う。

恋愛感情を向けられるのがどこか苦しく、相手に申し訳なく思っている人。誰のことも好きになれず、自分は欠けていると思っている人。

あなたはきっと愛情深いがゆえに人との関わりに悩んでいて、決して冷たい人間ではない。

“愛したい”これは人を大切に思っていないと出てこない言葉だ。

どんな人が好きかどうかは、直感でいい。好きか嫌いかを判断する時、関係を続けられるか、相手の”好き”に答えられるかは後回しでいい。誰を大切に思うかはあなたが好きに決めていい。

行動に移さなくても、まずは自分の素直な気持ちを受け止められるようになれればいいと思うのだ。

一緒にいるのができなくても好きでいい

あの人たちの言う恋愛感情が理解できない。私は本当に好きなら関係性が壊れるリスクを背負ってまで近づかないから。告白、交際、破局、結婚、離婚。関係が大きく壊れるのが怖い。

本当に自分の人生にいてほしいと思う人は、長く付き合っていける道を考える。結局「友人」であるに越したことはない。

昔、好きになってくれた人に応えたくて交際することを選んだが、自分の時間が侵食される感覚がずっと苦しかった。1人の時間がどうしても必要だった。こんなこと思っていたら可哀そう、でも同じ気持ちは返せない。

辛くなって別れた挙句、「好きじゃなかったんだよ」と関係ない第三者に言われてすっかり折れていた。私に寄り添ってくれるのは酒と音楽だけだ!なんて思った。

今なら一緒にいられなければ好きじゃない、なんてことはないと言える。

好きなら何でもできるわけじゃない

会いたいと思うはず。一緒にいたいはず。これらは全て主観であって、愛情を測るものじゃない。

他の人が好きならできることが自分にはできない。だから自分は愛情がない。これは飛躍している。

嫌なことは本当は嫌と言っていい。1人で居たければそれでいい。スキンシップが嫌ならそれでいい。

どうしても理解してくれないなら、一緒にいるのをやめるという選択もある。

相手に寄り添うのも大切だが、相手を尊重することもまた大切だからだ。

好きか嫌いか、友人か恋人か、それ以前に私達は各々が意志を持った人間だ。

愛情表現は人それぞれ

好きなら一緒にいるものだろうか?「好き」と言葉にできなければ好きではないのか?

私の気持ちを軽くしてくれたのは、「BLEACH」の市丸ギンと「ジョジョの奇妙な冒険」の空条承太郎だった。

以降の話は少しネタバレになる。【飛ばす】

市丸ギンは、自分の人生を投げ打って宿敵に側近として近づき、乱菊のために復讐しようとした。そして敗れてしまう。

ギンは乱菊を愛していなかったのか?違う。ギンは1度も乱菊に好意を示していない。目的のために冷たく突き放す。それでも自分の人生を捨ててまで1人の人間のために行動をした。これは間違いなく愛情だと思う。

そして、空条承太郎。彼は娘が高熱を出しても、非行に走って警察の世話にかかっても家に戻らなかった。そして言葉やスキンシップの愛情表現は全く描写されていない。第6部にてようやく娘の徐倫に「いつだって大切に思っていた。」と伝える。最期は娘を庇って亡くなる。

市丸ギンも空条承太郎もわかりやすい愛情表現をしない。それでも真に大切に思っているのはわかる。

「好き」と伝えられることが人を愛しているということじゃない。もちろん、関係を維持するには言葉での愛情表現は必要だ。

それでも、愛情の示し方は必ずしも分かりやすく出るものじゃない。

私の場合は、相手の喜ぶことをしてあげること。そして関係を維持するための方法を考えること。これが愛情表現だった。

愛情は電気のようなものだと思う。電気のように愛情を送るケーブルは皆が持っている。皆が違う形の端子。愛情を受け止める口もそれぞれ形が違う。

言葉で受け止める人。行動で表現する人。スキンシップで表現する人。一緒にいることだと受け止める人。

似たような人もそうじゃない人もいる。愛情はこんな風に現れる、と一概に言えない。

あなたにはあなたなりの愛し方があるのだ。

最後に

人を好きになることが何なのかわからない。恋愛感情かどうかはもっとわからない。

それでも、“自分はこれが大切”という気持ちがあれば、それが好きということでもいい。それはきっと一緒にいる理由にもなるし、別れる理由にもなる。

少しずつ、話していて楽しい人や知りたい人、一緒にいて疲れにくい人との時間を過ごしてみる。

私はこれからも恋愛が何かわからないだろう。大切だと思える時間を増やせればわかるだろうか。

今すぐではなくても、答えが見つからなくても、大切な人や場所は私が決めたい。

難しいけど、お互いに悩んで悩んで生きていきましょう。がんばろうね。

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